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劇場つながり

各種観劇日記。基本的に劇団四季のみ、のはずが最近は色々と手を広げてます。書きやすさ優先でレポ内の俳優名は敬称略ですのでご了承くださいm(_ _)m

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「ポパ~イ」・・・あ、それはブルート  PLUTO《2015年1月27日(火)》 

この作品を知ったきっかけはたぶんチラシだと思う。
でもその時にはすでにチケットはとっくに発売となっており、
土日はかなり厳しい状態だった。
そこで何とか平日にでも、ということで取った席は2階席の前から3列目。
この前から3列目というのは後ろから数えても3列目w
まぁ要するに劇場の一番後ろから観ることになったわけだ。

シアターコクーンというのはそれ程大きい劇場ではないが
それでもこれだけ後ろになってしまうと細かい芝居とかは観れないだろうとは
思いつつも、作品には興味があったので先ずはチケット取れて良かった、と。

という今回の作品はこれ。
150127_1.jpg

浦沢直樹と手塚治虫原作、ということで当時話題になった漫画が原作だ。
浦沢直樹が鉄腕アトムの世界観を基にして、新しい話しを作り上げたというところか。
この人の漫画は基本的には好きである。
特に「20世紀少年」「マスターキートン」「MONSTER」などは好きである。
逆に「YAWARA」はちょっと・・・
ま、好みの問題ということだ。

鉄腕アトムの世界感というと愉快なロボット漫画という印象しかないが
実際にちゃんと観たことがないので何とも言えない・・・
で、この「PLUTO」という作品に関しては一言で言うと終始暗い(笑)
まさに自分好みだ。

この作品に惹かれたのは原作が気になっていたこともあるが、
キャストが魅力的だったということもある。
ま、顔がはっきり分かる距離でもなかったけど。。。

そんなキャストはこれ。

アトム    :森山未來
ゲジヒト   :寺脇康文
ウラン/ヘレナ :永作博美
お茶の水博士 :吉見一豊
天馬博士   :柄本明
アブラー博士 :松重豊

そしてWEBにある粗筋はこんな感じ。

======================================================================

高性能刑事ロボット、ゲジヒト(寺脇康文)は犯人の標的が、自身を含めた7体
の大量破壊兵器となり得るロボット達だと確信。
日本に渡り、限りなく人間に近い存在であるロボット、アトム(森山未來)と
共に謎を追うことに。
内戦で家族を失った世界最高峰の頭脳を持つ科学者アブラー(松重 豊)、
人間を殺害した唯一のロボット、ブラウ1589との接触により核心に迫っていく。

ゲジヒトは日々、忌まわしい悪夢に苛まれ、妻ヘレナ(永作博美)も彼の
不調を感じ不安を隠せない。
アトムもまた、お茶の水博士(吉見一豊)に愛情豊かに育てられながらも、
自身の生みの親である天馬博士(柄本 明)との複雑な関係が
その心に影を落としている。
葛藤を抱えながらも事件の解決に向けて尽力するアトムとゲジヒトであった。

時を同じくして、アトムの妹で悲しみを察知する能力を持つ
ウラン(永作博美/2役)が廃墟の壁に花畑の絵を描く不思議な男と出会う。
そこにアトムが駆け付けると、男に異変が起こり……

======================================================================


観終わった感想としては大満足。
ストーリーも見事、舞台演出も見事、キャストも見事。
作品の内容的にものすごく感動するような話ではなく、むしろ終わった後は
重いものが心に残る。
キャストも感情をむき出しにするような熱演をするわけではなく、
淡々と役割をこなしている。
それでもこれだけの満足感が得られたのは、すべてが非常に高い次元で
舞台作品として昇華していたからだ。

特に感心したのは舞台セットの使い方。
それぞれ不規則な形をした台のようなものを建てたり寝かせたりして
そこに映像を映し出したり、テーブルにしたり、墓にしたりと実に
有効的に使っていた。
映像の使い方も素晴らしかった。
舞台セットにここまで感心したのは初めてかもしれない。


ストーリーは「9.11」後に何があったかということがベースにある。
まさにそのままの背景を利用して、そこに不完全である人間が生み出す
憎しみの感情と、完璧であるはずのロボットたちが絡み合う。
個人的には観劇中ずっと頭にあったのは「不完全さ」という言葉。

アトムは生みの親である天馬博士に完璧すぎることを理由に捨てられる。
天馬博士が欲していたのは死んだ息子のような不完全な人間らしさだ。
それでもアトムやゲジヒトたちロボットは物語の中で「感情」に目覚める。
ある意味ロボットとしてはあり得ない不完全な状態だ。

一方ロボットたちを殺し続ける事件を起こした側にあるのは
5年前に起こった『不完全な人間たち』が起こした戦争に対する憎悪。
そして完璧であるはずのロボットがすべての指示を出し事態を動かす。
が、最終的にはそのロボットにも不完全さが露呈する。


今世の中で起こっている不幸な出来事はこの「不完全さ」が
悪い形で作用してしまっていることに起因している。
それでも不完全な者同士がお互いの不完全さを補う形で分かりあい
手を取ることがことが出来れば・・・出来る時は来るのか・・・
不完全だからこそ分かりあえることもあるんじゃないだろうか。
観終わった後はそんなことを考えたりもした。
自分にとっては訴えかけられることが多い作品だった。
こういう作品というのはかなり自分の中に残る。
たかが漫画、たかが舞台なのかもしれないが、こういう作品はちゃんと
素直に作品に対して向き合うべきだ。


キャストに関しては・・・やはり遠すぎたので特に何かを書けるほど
一人一人をちゃんと見られなかったのは残念だった。
それでも永作博美はウランやっても全然痛くない!!むしろカワイイ!!と
言うことはよく分かったww

それと柄本明クラスの役者になると、舞台上の存在感は「素」なのだ。
これは日下武や平幹二郎を観た時にも感じたことだ。
役を演じているのではなく、役そのものなのだ。
だから実際は演技しているのだが、それは演技ではない。
なりきっているのだから。
こういう人たちだけが集まって芝居したらもしかするとおっさんたちが
舞台でウロウロしてる、くらいに見えるのかもしれない(笑)
でもそれは役そのものになっているからこそだ。

あと寺脇康文はどうしてもルパンに見えてしまう・・・w


ということでこれは是非原作読もう。
舞台作品に関しては原作読んでなくても大丈夫。
というか読んでいない方が素直に観られると思う。

だから早くKindleでも何でもいいから早く電子書籍化してくれ!!
いい加減漫画は置くところがないのだ。。。
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Posted on 2015/01/30 Fri. 17:29 [edit]

category: その他舞台

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