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劇場つながり

各種観劇日記。基本的に劇団四季のみ、のはずが最近は色々と手を広げてます。書きやすさ優先でレポ内の俳優名は敬称略ですのでご了承くださいm(_ _)m

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今日は顔を塗りたくる日:パート2 ジーザス・クライスト・スーパースター ジャポネスクバージョン《2011年5月28日ソワレ》 

さて、ジーザスだ。

何年か振りのユタは思いの外楽しめたし、内容も良かった。
ここから全くジャンルが違うジーザスというものすごい飛び方だが
効率優先、経費削減のためだw

ソワレと言ってもスタートが16:30~と変則的なため、ユタ終演から1時間で
気持ちを切り替えなければならない。
ハマサイトグルメにでも行って、お茶しながら切り替えようかとも思ったのだが
雨がそこそこ降ってたし間が1時間くらいということもあり、劇場内のカフェで
薄めのアイスカフェオレを飲みながら休憩。
110528_4.jpg


ユタのパンフもって自由劇場入るのもちょっと恥ずかしい気もしたが
同じことをしている仲間がいたのでちょっとは紛ぎれた。


ところで、ジーザスのジャポネスクバージョンは非常に難しい。
過去2回観ているが、あの演出の意図をどう理解すればいいのかが、
いまだにわからないのだ。
そもそも何故エルサレムバージョンだけではダメだったのか・・・
海外公演を視野に入れて、「日本ぽくっていったら歌舞伎だぜ!」という
いまだに日本には侍がいると思っている(?)外人をおちょくるためなわけないし
そもそも海外に行ったらこっちが外人だ。

よくわからなくなってきたが、ざっくり観劇後の印象の違いを書くと
ジャポネスクバージョンの方が舞台全体の一体感というか、まとまりを感じる。
なので、ジャポネスクの方が観劇後の余韻が大きい。

さて、今回はどうなのか。
白塗りで表情がわかり難くなっているが、それでも芝ジーザスはその白塗りも
ないことにしてしまう芝光線を出してくるのか・・・
そして何より今回は前回見逃した下村ヘロデが観れる!これは楽しみだ。

という、今回のキャスト。
自由劇場のキャストボードって光の当たり方が悪くて、上の方が写りにくい。
そして、肝心のジーザスがフレームアウトしていると言う・・・
110528_5.jpg

ジーザス・クライスト   :芝 清道
イスカリオテのユダ    :金森 勝
マグダラのマリア     :高木 美果
カヤパ(大司教)     :金本 和起
アンナス(カヤパの義父) :阿川 建一郎
司祭1          :平山 信二
司祭2          :内海 雅智
司祭3          :真田 司
シモン(使徒)      :本城 裕二
ペテロ(使徒)      :飯田 達郎
ピラト(ローマの総督)  :村 俊英
ヘロデ王         :下村 尊則

舞台セットはいたってシンプル。
エルサレムバージョンもシンプルだが、ジャポネスクは真っ白で更にシンプルだ。
大八車も非常に効果的に使われている。
ところで、両サイドの木みたいなのは必要なんだろうか・・・?
何にも無いほうが更にいいと思うんだが。

元々ロックオペラ、などと言われているこの作品。
四季の舞台にロックを感じることはほぼ無い。
春のめざめもロックではない。ロック調の楽曲、という感じだ。

が、序曲が始まり大八車のところからキャストが登場した瞬間、
「あ、これはロックだ。カッコいい」と今更ながら感じた。
何故だろうか・・・別にKISSのように白塗りだからと言うことではない、はず。
こういうことは理屈では無いんだろうな。
ロックは理屈ではない。かっこ良ければ何でもいいのだ。
曲のアレンジに和楽器が入ってることはもちろんだが、音自体もよりロックに感じる。


白塗り隈取りメイクの効果の一つに、表情がわかり難いということがある。
これが更にわかりにくくする要因の一つではあるのだが、
入ってくる情報が少なくなるためか、より音楽や歌詞や舞台の進行に集中できる。
これが観劇後に感じる舞台の一体感に繋がる。
敢えて情報量を少なくすることが、この演出の狙いの一つなのだろうか・・?
確かに柳瀬大輔や金田秀俊のジーザスの時はその通りだったような気がする。
芝ジーザスもエルサレムバージョンの時より人間臭さが減少した気がした。

だが、しかしだ・・・

前回、感情むき出しで非常に良かった最後の晩餐~ゲツセマネの園までの一連の流れで
ジャポネスクバージョンであるべく(自分はそう思っている)流れが一変した。
この部分は特になのだが、メイクしているように見えない。
正確にはメイクをしている表情には見えない。素顔に見えてしまったのだ。
ここでのジーザスの苦悩や葛藤がありありとわかる。
エルサレムの時と同様に、この一連の流れは素晴らしかった。

でも自分でおぼろげながら考えていたジャポネスクバージョンの意義は崩壊。
それ以降はメイクがあってもなくても変わらなかった。
ますますわからなくなるジャポネスクバージョンの演出の意義。
まぁ、だから面白いのだが。。。

それともこれは芝清道だけが発射する、芝光線の威力なのか??
本当のところはともかく、今回の芝ジーザスも非常に満足度が高かった。


対して金森ユダはあの独特な雰囲気は醸し出しつつも、メイクの効果で表情に
前回のような狂気は感じなかった。
自然に受け入れられる程度のもので、個人的にはこちらの方が好きかも。
メインの二人のこの対称さはなんだろうか?

やはりジャポネスクはわからん。


そして、今回の楽しみの一つであった下村ヘロデだ。
やはりこの人は別格だ。
登場しただけで舞台上の空気を一変させることができる。
それにしても、あの衣装はいったい何なのか?w
初めて観たときは、ただ笑うしかなかった。
本人のブログに昔の写真と一緒に今回の写真が出ていたが、
本人も書いているように、ここまでの貫禄が出せるとは(笑)
今回はわかっているため笑いはしなかったが、それでもあのシーン全体の雰囲気には
顔がにやけてしまう。
エルサレムでも他とは異彩を放つシーンではあるが、ジャポネスクのように
あそこまで流れを寸断してしまうこの演出の目的はいったい何なのか???

やはりジャポネスクはわからん。


それでも観劇後の満足&満腹感。
これは一体なんだ!?
きっとこの先もわからないだろうから、それを確かめるのを目的に
今後もこの演目は見続けるんだろうなぁ。


ん?これがこのジャポネスクバージョンの狙いか!?(笑)


さて、6月は今のところ観劇予定が無い。
去年の8月以来だ。
思わず観に行きたくなるようなびっくりキャストは登場するんだろうか・・・


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Posted on 2011/05/30 Mon. 21:15 [edit]

category: 劇団四季:ジーザス・クライスト・スーパースター

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